世間は父の日だけど、私にとっては旅のはじまりの日。

f:id:nontsu:20160619222521j:plain

朝7時。寝不足でぼーっとする私の目の前に広がる、大きな空港に少し、呆然としてしまった。よく考えてみたら、成田空港に1人でくるのは生まれて初めての経験だったからだ。

1人旅が好きで...というよりどちらかといえば誰かと一緒にいく旅行が少しだけ億劫で、いつの間にか彷徨うようにフラフラ日本を1人旅していた20代。

心が疲れるたびに逃げ出しては、優しい人たちとの出会いからエネルギーをもらってかえってくる、を繰り返していた。

f:id:nontsu:20160619222830j:plain

場所はいつからか、決まって沖縄の離島だった。

馴染みの島への旅はいつも、「ただいま」と「おかえり」が必ずセットで、体のこわばりとは縁のない、ゆったりゆったりとろけていくような、暖かい時間がそこにあった。

 ”旅が好き”のイコールが ”海外”なのか、それとも私ののらりくらりとした性格のせいなのか。

「そんなにフラフラいろんなところに行くのに、なぜ海外にはいかないの?」
とか

「いろんな国いっぱい行ってそうなのに、意外!」
そんな言葉をよく、友達になげられていた。

 
興味がなかったわけじゃない。むしろ、ずっとずっと行きたかった。

片っ端から読み漁った旅のエッセイや、世界一周航空券の買い方。ウユニ塩湖の写真集に、行く予定もなく組んだいくつものルート。モロッコの雑貨や、オーストラリアのウルル。自由に世界中を、軽々と飛び回る人たちにずっと憧れていたし、無造作に壁に貼った写真には、憧れと、羨みがいつも、ぐちゃぐちゃに入り混じっていた。

f:id:nontsu:20160619222649j:plain

そんなわたしの足に、いつまでもしつこくぶら下がって引き止めていたもの。それは、学生時代に生まれた「言葉の通じない人に囲まれること」への小さなトラウマ。

当時はそこまでの出来事ではなかったはずなのに、ねっとりと絡みついたそれは、年を重ねるごとに大きく大きく、私を包んで「日本の外」を怖いものにしてしまっていた。


それにハッと気がついたときには、とんでもない大きさに成長していて、正直驚いた。
腰くらいだったはずのハードルが、壁のように目の前に立ちはだかっていて、
越える為にと持ち上げた足はそれは重く重く、一歩進むのにも精一杯だった。


それでも私が今日を「始まりの日」に選んだのは、
1番私が恐れていた「憧れ」が「諦め」に変わりはじめていることに、気づいたから。
そして年を重ねるごとに、いろんなことへの情熱が持ちづらくなっている自分に、泣きたくなったから。


髪型が決まらなくても「まあいっか」。
好きな人が振り向いてくれなくても「まあしょうがないか」。
仕事も、遊びも、日常も。増えていく「まあいっか」となんとなく生き易くなった人生。
たいていのことが許せるようになった気がする。でも正直それが”許し”なのかは、分からない。

きっと数年後には、多分海外に出なくたって「別にいいや」がくる。

あんなに行きたかった世界一周が「別にいいや」に変わって、部屋に残る匂いを捨ててしまう日が。

それだけは絶対に嫌だった。

高いハードルを越えるより、夢が夢のまま消えてなくなってしまうことのほうが、はるかに恐ろしかったから。
 

そんな思いが多分、私を1人、成田空港まで連れてきてくれたんだと思う。

出発直前、旅慣れた友人が「そんな大げさな」って、笑ってた。

確かに近いんだろう、フィリピン。日本人だってきっと、いっぱいいるのだろう。
だけれどそれすらも、今の私にはとてつもなく大きな、大冒険なんだよ。

f:id:nontsu:20160619223455j:plain

お腹は痛いし、そもそもターミナルが分からない。
出発の3時間前にきたはずなのに、気づけば荷物が預けられないまま40分が経過していた。
慌ててお姉さんを呼び止めて、場所を聞く。綺麗な笑顔で「目の前ですよ」と教えてくれた。


最初の国、フィリピン到着まであと20分。イヤホンから爆音で流れる「くるり」のハイウェイが、今回私の旅のテーマソングなのだけど、全然耳に入ってこない。
機内で入国審査に必要な紙が配られた。が…何を聞かれているのかもわからない。

しまった。
緊張しすぎて英語の本も旅のガイドブックも、一冊も持ってきてない。

f:id:nontsu:20160619223111j:plain

じわじわと胃が痛くなる臆病者な私を

「大丈夫。もうあとは、今まで詰め込んだ憧れを楽しむだけだよ」

と空から見えた小さな虹が、迎えてくれた。

世間は父の日なのだけど。親不孝者の娘でごめんなさい。

お父さん、お母さん、大事な友達たち。いってきます。また帰る日まで。